連載コラムこころの点描


「連鎖」と、それに対する「たら・れば」の意志

「やられたらやり返す、更にやり返す、そしてまたやり返す、……。」という連鎖がある。「二倍返し、四倍返し、……。」何か子供じみていると思いませんか。

そして、「やった方」はすぐに忘れるが、「やられた方」は簡単には忘れない。それどころか、やられた恨みはその後膨らみ、無限に自己増殖してゆくこともある。そうなればいつの間にか、その相手は「大悪魔」だ。子供じみた空想の連鎖だ。

わたしたちは、「希望」する。いつかこのワルイ「連鎖」が断ち切られることを。だから、もう少しこの「連鎖」なるものを明確にしてみたい。

この「連鎖」は知的な側面をもっているが、「知性」ではない。では「感情=情念」であろうか。単にそれとも異なるようだし、それに「欲」も加わっているようだ。

そうむしろ「惰性」(慣性)に近い。「こういう条件が与えられたら、こう反応するんだ。」「そうだ、そうだもっともだ。」まるでレールの上を走らされているようだ。

「連鎖」は強力なエネルギーをもっている。「たら・れば」なんか簡単に吹っ飛ばされかねない。にもかかわらず、この「たら・れば」は歴史上「連鎖」の軌道をさまざまに変えてきた。

「たら・れば」とは何だろう。それは、夢みること、祈ること、心から希望すること、心から悲しみ絶望すること、心から愛すること、・・・そして行動すること。

「たら・れば」は決してナンセンスはない、破滅から逃れる道である。


2018.4.25掲載 / 連載